季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder)

父の想いで

 毎年年末が近づくと、父は鬱々としていた。何をするのもしんどくなり、しばしば「もうあかんのや・・」と口にした。なにが「あかんのか」聞き出そうとしたけれど、それを父は説明することはできなかった。

昭和の時代には、心弱いものは社会的弱者とみなされていた。だから母は、そんな父を叱咤激励した。こんなこと言うてはんねん、あかんやろ・・私に父の面前でこのように言っていた。たぶん、どうしていいかわからなかっただろう。

しんどい原因を取り除けばいいのだと、浅はかにも私は事を捉えていた。毎年繰り返す周期生があるというのに・・。「しんどい」という父に、何か指示することじゃなくて、いつもどおりの自分で寄り添おうとしたのはもう父の晩年のことだった。

それには、一人の心療内科医との出会いが必要だった。彼は父を「よう来てくれましたね!」と歓迎してくれた。それまでかかった精神科医は「病人を見るように」自分を見たと父は言っていた。家族より親身になってくれる第三者が必要だった。

家族が望むような父であって欲しいというのは、「家族」の願いであった。もう先が長くないということを自覚して、やっと父の望みを尋ねてみようと思えた。私の誕生日に、父母を連れて和歌山まで日帰りのドライブを楽しんだ。

不登校は他人事ではないと思うようになってから

 学校に来る生徒の変化から、不登校が他人事でなくなった。そして学校の外でフリースクールを開校した。いまスクールに来ている子どもたちへの言葉掛けを、父にできていれば随分一家の雰囲気もかわったのに・・と後悔の念が湧いてくる。

2000年以前にも不登校の子どもたちはいた、少数だけど確かに。対応に疲れた家族は、最後に精神科にたどり着いたという。どれだけの心労をご家族は抱えて生きられたことか。

不登校を経験した子どもたちは、晩秋にかけて登校しにくくなることがある。先回りして、季節性感情障害のことも、起立性調節障害といっしょに授業で取り上げている。当事者が知ることは、自分を知るきっかけとなる。自分が怠けているわけじゃない、弱虫だからじゃないとわかるから。

詳しく知りたい方は下記のリンクをお使いください

https://www.saiseikai.or.jp/medical/disease/seasonal_affective_disorder

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